黒松内山道 作開編 その1

ブナの北限に住む、登山ガイドの気まぐれ日記
2014/04/21(月)
ブナツーのHONMAさんから「明日開いていますか?」誘われ
黒松内山道の現状下見にキムラさんの案内で行ってきました。

箱館から宗谷までの街道を作る計画が1856年に始まった
ここを越え、雷電嶺そしてあの有名な濃昼山道、増毛山道ともつながっています。

黒松内山道は、蕨岱→ 歌棄
 

まずは、駅逓があった場所 道々緑橋
今は記念碑があります。
当時は、長万部から来て最初の渡船場で ここに木賃宿があるだけらしい
また 川の流れも今と違っていて渡船場のピンポイントは  ん~
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白炭のから山に再度入る
ササ地が古道の跡らしい・・・ 言われて見ると お~そうですね
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このあたりで、戦中 造林の時 発掘されたお地蔵さんがあった。

いろいろと 諸説あるが。。。。空海僧が掘ったとか、観音嶽のお地蔵様を下ろしたとか。。。

一番素直な解釈としては、


黒松内山道を行き交う旅人を見守っていたと思われる
それがなんと・・・・
・・・
・・・・
・・・・
・・・
中の川のバス待合所は鎮座されている
・・・
な なんといらっしゃいました・・・
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知らなかった~ とは 恐ろしい物です。

道は、元観音寺所に出ます。
観音寺は、黒松内で一番古いお寺
観音時の背後にあるから観音岳 これが一番素直な解釈です。

ここの墓地は、元会津藩・・・というか北斗藩の方の墓があります。
この辺は、歴女・歴男のあなたならご知と思います。

北海道には古い墓地が少なく 時の流を感じれる所
DSCF3352.jpg 因みにこの墓石には、明治四と掘られて居ます。


この小さい石が鎮座するのは、あの小池清二郎さん関係者の墓とか
南無阿弥陀仏・・
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はるの暖かい日の中、キトビロもいい案配
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リスがくるみを食べた跡も 雪が熔けて出てきました
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おやおや アオダイショウも陽向ごっこしていました。
ココだと車に引かれるので、安全な所に移動しましょう
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